2024年度 全日本合唱コンクール課題曲G4「この船の行く先で」を含む組曲「月の世界へ」につきまして、課題曲となっている2曲目だけでなく全曲の内容が知りたい、とのご意見が多数寄せられた事から、この度全ての曲の歌詞全文を公開する事と致しました。各曲の解説も掲載していますので、併せてご覧頂ければと思います。
※「未来旅行のコンシェルジュ」「パラダイム・シフト」のデモ音源は私のYoutubeチャンネルでご覧頂けます。
「月の世界へ」各曲の概要
- 未来旅行のコンシェルジュ
- この船の行く先で
- パラダイム・シフト
混声合唱とピアノのための組曲「月の世界へ」は、私が未来の形として思い描く理想郷“月の世界”を題材に、そこへ旅立った人間の行動心理や心境、そしてその成れの果てを描いたものです。3曲ともそれぞれ違ったスタイルの曲想ですが、第1曲から第3曲まで1つの大きなストーリーで繋がっています。
1.未来旅行のコンシェルジュ
Festivo、Latina、Swing の3つのリズムを取り入れた明るい曲想のリズミカルな作品。歌詞は、顧客に対して月の世界の素晴らしさをアピールする旅のコンシェルジュのプレゼンに終始します。
“未来に栄える「月の世界」は、誰もが憧れるユートピア!緑豊かな美しい街で何もかも思うがままに、永遠の幸せが保障された正に理想の世界、そんな素晴らしい未来の国へあなたをご案内します!”
2.この船の行く先で
軽やかでスピード感のある前部と、メランコリックな曲想の後部に分かれた作品。旅のコンシェルジュの案内に従って(或いは唆されて・・・?)実際に月の世界へやって来た旅人が、空飛ぶ船に乗って美しい情景の中を駆け巡り、その時に感じた複雑な心境やこの旅人の価値観・宗教観を描いています。
※この曲の解説は、全日本合唱連盟の会報誌「ハーモニー No.208」にも詳しく掲載されています。
3.パラダイム・シフト
第1曲や第2曲とは打って変わって、シリアスな曲想に終始した作品。歌詞の舞台は、第2曲と同じ未来の世界。しかしここは森深くにひっそりと佇む御霊屋(霊廟)の中。首だけにされた多数の人間が水槽に入れられ、それぞれ口から管を通して脳がコンピューターに繋がれて、メタバース(仮想空間)の世界に浸っている。メタバースは人間の理想郷を形にしたアバターの世界であり、第2曲で描いたあのユートピアの中で皆幸せな日常を送っている。しかしそんな中でも大衆同士のイザコザが起こり、それを見かねた霊廟の主がそのイザコザの原因を作った子供の首を取り上げて、罰として生贄に捧げてしまう。
「月の世界へ」の組曲を通して
全3曲を通してまるでSFの様な世界観ですが、しかしこれは私自身が近年の日本社会を見渡して感じた事をヒントに描いたものです。世の支配者達が意図的に創り出した“偽りの理想”に誰しもが浸って没頭し、本当に大切な事が見えていない、そんな実状が現実社会にも数多くある様に思えてなりません。
人間がコンピューターの世界にぶち込まれるなんて・・・、と良識ある大人なら誰しもが考える事ですが、しかし例えば様々な制限や劣等感の中で生活苦に陥った者が、そこに本当の快楽や理想の世界があると悟った時、自らの体を捨てる事すら厭わないという者は少なくないのではないか。そういった状況に陥らない為にも、日ごろから過大なキャッチコピーに捉われる事なく物事の本質を捉えて自らの力で切り開いていく、その意識を持つ事の大切さを暗に謳ったのがこの「月の世界へ」です。
以上、この作品は私が丁度コロナ・パンデミックの初期の頃からずっと構想を練っていたものですが、実際に朝日作曲賞を受賞し様々な所で演奏して頂ける機会が得られた事を大変嬉しく思っています。